「会社にとって、ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)推進の目的は、女性管理職比率30%、のような数値目標を達成することなのですか?」ある大企業の管理職向けD&I研修で受けた質問です。直観的に、素朴だけれど本質を突いた質問だと感じました。この質問は私にD&Iの目的について、改めて考えさせるきっかけを与えてくれました。
「職場で時短が取りにくいのですが、どうしたら取りやすくなりますか?」「男性社員も育休をとってくれれば、育児中の女性社員も時短が取りやすくなると思います」これらは、現場を対象としたD&Iワークショップで、現場の課題について討議する際に、女性社員から挙がってくる典型的な声です。上記管理職の視点とは対照的に、現場の視点からは、D&Iの目的(のひとつ)は「時短を取りやすくすること」と捉えられているのだ、と感じました。この現場の声も、D&Iの目的について考えさせる、もうひとつのきっかけとなりました。
少し遠回りになりますが、D&Iの目的を論じるにあたって、まず、「目的」そのものについての一般論から入りたいと思います。
D&Iに限らず、そもそも「目的」というものは階層構造になっています。ある目的があると、それを達成する手段があります。その場合、手段自体を目的と呼ぶこともできます。例えば、「体重を減らす」という目的に対して、「運動をする」「食事の摂取量を減らす」という手段が考えられます。しかし、これらの手段は、同時に目的として捉えることもできます。また、先の「体重を減らす」という目的は、例えば「長生きする」という(上位の)目的の手段とも言えます。
「目的」の階層構造においては次のことが言えると思います。
目的には上下の次元があり、上に行けば行くほど、より本質的に達成したい目的になる(上の例では、「長生きをする」>「体重を減らす」>「運動をする」という上下の次元)
目的の上下の次元では、上に行けば行くほど抽象的な内容になり、下に行けばいくほど具体的な内容になる傾向にある。また、具体的になればなるほど、「何をしたらいいのか?」というアクションに落し込みやすい (上の例では、「長生きする」というよりも「運動をする」といった方がアクションとしてイメージしやすい)
少し理屈っぽくなりましたが、この「目的」の階層構造という考え方を使って、経営者の観点からD&Iの目的を考えてみたいと思います。冒頭の概念図をご覧ください。ここでは目的を3層に分けて捉えています (切り方によってもっと階層を増やすことも可能ですが、話を単純化するために仮に3層とします)。
上位層 (経営視点よりのありたい姿): 利益、収益、ROIなどの経営数値の目標達成 (厳密に言えば「将来のキャッシュフローの現在価値」の極大化)
中位層(ありたい姿達成の手段): 上記経営数値の目標達成に直結するD&I推進のポジティブな効果 (例えば、「競争力の強化」と「社会的責任の全う」など)
下位層(ありたい姿達成の手段の手段): 上記D&I推進のポジティブな効果を可能にするためのD&Iに閉じた数値目標達成と具体的施策の導入と運用 (例えば、女性管理職比率30%の達成、時短制度の導入・推進)
経営者にとってまず大切なのは、自分自身、D&I推進の目的を階層的にしっかりとらえ、上位層、中位層の目的を常に念頭に置くことです。それができていない場合、「下位層」の目的を、「上位層」「中位層」と切り離して独立で扱い、最終目的化してしまう、という落とし穴に嵌る可能性があります。
では、「下位層」をそれ自体D&I推進の最終目的として単独で扱うと何がいけないのでしょうか?「D&Iに閉じた数値目標達成」と「具体的施策の導入と運用」の2つに分けて考えてみます。
D&I推進の数字目標を最終目的化した場合: 数合わせが起こります。部門ごとに女性昇進人数を「割当て」、無理やり昇進させようとします。会社は表では「昇進の条件は男女同じ」、と言っていますが、現場は信じていません。最悪の場合、力が伴わずに昇進した女性管理職は自信を無くして退職、不平等を感じている男性社員はモチベーション喪失で生産性低下、という事態になりかねません
「時短」などの具体的施策を最終目的化した場合: 2015年にマスコミをにぎわせた「資生堂ショック」の再現となるリスクがあります
Value & Visionの理解では、「資生堂ショック」の概要は次の通りです。
美容部員(店頭販売員)が出産を機に退職するのを防ぎ、販売力を維持する目的で、「育児時間制度」を導入。時短と販売目標設定の運用で、育児中の美容部員を厚く待遇。社内外で「女性に優しい会社」とのイメージが作られる
時短により繁忙期である平日夕方に対応できる経験豊富な美容部員が減少。加えて、「育児時間制度」の対象とならない美容部員からは不公平との声が上がり、職場の士気にも影響が。結果として、売上数字が減少する
会社は現場の士気と売上数字の回復をめざし、時短と販売目標設定の運用を育児の有無で不平等にならないよう厳格化
「女性に優しい会社」だったはずなのに制度が後退した、と世間で受け取られ、「資生堂ショック」と命名される
経営者にとって、「育児時間制度」を導入は下位層の目的であり、本質的に目指すものは上位層の目的である売上数字の達成であったはずです。ところが、その手段が上位層の目的と切り離されてひとり歩きし、世間で勝手に「女性に優しい会社というイメージ」と結合してしまった、と考えられます。
経営者にとってまず大切なのは、自分自身、D&I推進の目的を階層的にしっかりとらえ、上位層、中位層の目的を常に念頭に置くことだ、と述べました。「資生堂ショック」の教訓は、経営者にとってはこれだけでは不十分で、その階層構造の発想を現場にまで徹底する必要がある、ということです。会社が考えるD&I推進の目的をしっかり伝達するのです。
冒頭で、現場を対象としたD&Iワークショップで、女性社員から挙がってくる典型的な声をご紹介しました;「職場で時短が取りにくいのですが、どうしたら取りやすくなりますか?」「男性社員も育休をとってくれれば、育児中の女性社員も時短が取りやすくなると思います」。確かにこの議論は現場で働く社員にとっては切実な問題で、討議する価値はあると思います。ただ、議論をそこに終始してしまうと、現場において、下位層の目的が最終目的化するリスクがあります。対策として、例えば、次のような論点とバンドリングして話し合う必要があるのではないか、と考えます。
時短を取りながら、短い時間労働で生産性を維持するには自分自身の仕事の仕方をどう変えればいいのか?
時短を取る人が居る職場で、職場全体の生産性を維持するには、どのような協業、相互補完のやり方が考えられるのか?
今回はD&I推進の目的について考えてみました。みなさんのご参考になれば幸いです。なお、Value & Visionの研修では、D&I推進の目的の階層構造を更に因数分解してご提示し、参加者それぞれが自分なりのD&I推進の目的を定義するセッションも設けています。
2016年9月1日
投稿者:
コラム
カテゴリ:
徳田亮
経営視点から斬る「ダイバーシティ&インクルージョン推進の目的」
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